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権利と義務のバランス。

仕事をしていると、やたらと自分の権利を主張してくる人がいる。

「有休が残っているから休みを取る権利がある。」
「就業時間なので帰ります。」などなど。

もちろん、有休は会社から認められている権利だし、就業時間も決まっている。
権利を主張するのは当たり前のことかもしれない。

ただ、やたらと権利を主張する人に限り、会社に対しての義務を果たしているのか、疑問符がつく場合が多い。

僕は、義務を果たすからこそ、権利を主張することが出来ると思っている。
義務を果たさず、権利だけを主張しているのは『詐欺』だと思う。

古い考えと笑われるかもしれないし、社畜と言われるかもしれない。

しかし、僕の周りでも仕事のできる人は決して自分の権利を主張することは無い。
当たり前に、有休を取り、時間内に仕事が終われば普通に帰社もする。

権利を主張する人は、自分が義務を果たしていないことをわかっており、権利を得るための最短ルートが主張して押し通すことだと考えているんじゃないだろうか。

会社は、慈善事業じゃない。『利益の追求』それが全てだ。

そして、会社員の義務は与えられた仕事をこなす。だからこそ、給与であり、有休などの権利を得ることができる。
与えられた仕事以上こなすことが出来れば、昇進もできるし、給与も増えるだろう。
まして、有休なども手続きさえすれば、誰にも咎められなく、当たり前に得ることができるだろう。

僕は只の社畜だから、権利は主張していないが、有休も中々消化できていない。

そんな社畜でも、権利を主張することなく、得ている人に憧れながら、いつか、そうなりたいと憧れるはあったりする。

今日は朝早く起こされ、暑さでバテたから、「明日は休みたいなぁ」。


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