スキップしてメイン コンテンツに移動

イメージトレーニングは、どんな仕事でも必要。

僕は、子供達に、「人には、みんな超能力があるんだ。」と、よく話をしていた。

もちろん、スプーンやフォークを曲げるとかではない。
「自分が想像できることは、必ずできる。なんでも、『できない。』じゃなく、『できる』と思いなさい。」と。

そして、子供達への宿題として「毎日、明日の楽しみ、したいこと。」を考えてから寝るよう、約束をしていた。
寝る前に、話を聞いてから「おやすみ」が、日課だった。

明日をワクワクして、迎えて欲しいと考えたからだ。

小さかった頃は、通じていたが、最近は、どうだろう。超能力なんてと、馬鹿にされるかもしれない。

でも、今でも、僕は、そう信じている。
人には、予知能力があると。

仕事でも、同様だ。自分が描く、『将来』『ポジション』『仕事のあり方』など、想像できないことは、実現しない。
しかい、想像できることは、必ず実現できると信じている。

もちろん、『タイムマシーン』『どこでもドア』など、想像できても、中々、実現できないこともある。

想像を実現するためには、どれだけ『リアル』に想像できるかだ。
『タイムマシーン』『どこでもドア』を使用している自分をリアルに想像できるだろうか。
アニメの中のタイムマシーンやどこでもドアを使用しているだけじゃないだろうか。
そこには、あったらいいな。できたらいいな。程度にしか思っていないからだと思う。

仕事で、イメージトレーニングする時は、できるだけリアルに行う必要がある。
例えば、明日の折衝が上手くいったらいいな。だけでは、どうなるかはわからない。
しかし、イメージの中で、相手を想像し、実際の会話の流れも想像していく。
結果、成功に終わるイメージをリアルに想像できたなら、きっと成功に終わるはずだ。

できれば、途中で相手の機嫌を損ねた。準備すべきものが足りなかった。など、単に上手くいくだけではなく、実際に起こり得るトラブルも含め、よりリアルに想像するべきだ。

そうすることで、トラブルを未然に防ぐことや迅速な対応ができるようになり、イメージ通りに進む可能性が高くなる。

僕は、何事も経験ほど重要なことはないと思っている。
その経験をイメージトレーニングすることで、一度に数倍積むことができ、人より早いスピードで進むことができる。

人はみな平等で、どんなに頑張っても24時間しかない。一日かかる仕事を1年間で、最大365回しかできないが、イメージトレーニングで一日で(実際1+イメージ1=2)と、730回の経験を積んだことになる。(大げさだが)
周りより、成長しないはずがない。

だからこそ、どんな仕事でも、イメージトレーニングは、必要だし、イメージトレーニングをする、しないでは後々、大きな差になってくる。

僕は、毎日、寝る前には明日の段取りを考え、全体の流れ、重要なことを想像している。
最善とトラブルが発生した場合も含め、より、現実感のあるイメージを。


コメント

このブログの人気の投稿

怒られ続けると、どうなる?

僕の同僚の中に、毎日毎日、怒られている人がいる。 「本当によく、怒られるなぁ」と、ある意味、感心してしまう。 なぜ、彼は、毎日怒られ、それを直すことができないんだろうか。 以前、 怒られたくない! でも、触れたように、仕事が全て、後手後手になってしまっている。 どうしたら、怒られないかを考えた末、指示されるのを待つだけになってしまったり、やりかけの仕事を投げ出してでも、上司の指示に従い、結果、投げ出した仕事の件で、又、怒られる悪循環に陥ってしまう。 人には、 想像したことを実現する力 を持っている。 そんな 力 が、 『怒られたくない』 と思いが強くなりすぎて、逆に、 『怒られる状況』 を生み出してしまっている。 (怒られている姿を想像してしまっている。) なら、その悪循環を断ち切るには、どうしたらいいのだろうか? 僕なら、開き直る。失敗や不手際で怒られるのは、しょうがない。 それは、それ。次は、次。その失敗や不手際を超える成果を残せばいいだけだと、僕は考えている。 ただ、僕は、人よりもメンタルが強い方だから、できることかもしれない。 しかし、メンタルが強くないと、怒られ続けることで、臆病になってしまい、全てが悪い方に考えてしまい、そこからプラス思考に変えることは困難になってしまう。 本当は、上司が、さじ加減で、『怒る』『褒める』を使って、部下を巧みに扱うべきだと思うけれど、それは他力本願でしかないし、僕の同僚もそうだが、上司が怒りやすい人材であったり、性根が合わないのかもしれない。 そこで、諦めたら(逃げ出したら)、一生、諦める(逃げる)しか、なくなってしまう。 自分の道は、自分でつくるべきだ。 では、どうすれば、その悪循環から、脱出できるのだろうか? 僕は、まず 『褒めらる』 ことを目標とするべきだと思う。 『怒られる』 のが、怖いと思う人は、 『褒められる』 ことを好む傾向にあると思う。 上司を研究し、 『何をしたら、喜ぶのか』 を考え、上司好みの部下を演じるしかない。 すぐに 『怒る』 上司は、案外単純で、自分が気に入れば喜ぶ。 最初はこそ、上司にもこれまでの状況(怒り続けた)もあり、素直に誉めたりしないと思う。 しかし、上司の気に入る状況が続けば、自然と 『褒める』 環境ができてくる。...

障害者は、本当に不幸?

昨日から、空いた時間に24時間テレビを見ながら、思った。 障害者は、本当に不幸?なのかと。 周りを見渡しても、あんなにイキイキした人を見かけることが少なく(特に大人)、人生を充分楽しんでいるんじゃないかと。 もちろん、人には見せない裏側で、それこそ人一倍の苦労を重ねているからこそのイキイキした顔なんだろうと思うけど。 鏡を見るの怖くなった。 世界には背が高い人・低い人、太っている人・痩せている人、いつも笑っている人・怒っている人等々、様々な個性が溢れているように障害も個性の一つじゃないのかと。 『健常者』『障害者』の言葉ではなく、その人の個性として認め合い、得手・不得手をお互いに補える、そんな世の中になったとしたら、もっとイキイキした顔が周りに溢れるんじゃいかなぁ。 そんな世の中も見てみたい。 ※ただ、自分が同じ立場に立った時、同じ努力と笑顔ができる自信はない。一瞬、羨ましいと思った自分が恥ずかしいし、情けない。

自分の器を大きくする。

よく、人を評価する際、 『あの人は器が大きい・小さい』 など、器に例えられる場合がある。 人としての器は、小さいより、大きい方が良いに決まっている。 どうしたら、器を大きくできるんだろう。 器の大きい人と言われて、想像することは、 何でも受け入れてくれる。 認めてくれる。 細かいことを気にしない。 などが、思いつく。 それなら、どうすれば自分の器を大きくすることができるだろうか。 僕の場合は、人の器とは、 『成長する、お茶碗(器)』 と、考えている。 日々、お茶碗を使用し、 『食べる量(経験)』 に変化がなければ、大きくもならず、小さくもならない。 『食べる量(経験)』 が多くなると、自然に、こぼれ落ちないよう 『お茶碗(器)』 も成長していく。 そんな魔法のお茶碗だ。 もちろん、 『食べる量(経験)』 が減ると、 『お茶碗(器)』 も、徐々に小さくなってしまう。 なぜ、こんな子供だましの例えをするのかと言うと、 『今の自分に満足しない』 貪欲さが、人の器を大きくしていくと思っているからだ。 決して、他人より、 『上や優位に立ちたい』 など、今の自分を量るのに、他人を利用するのではなく、 『今日の自分より、明日の自分』 と、自分自信を評価基準として、成長していく必要がある。 そして、自分を成長させていく、一番の方法は、 『経験だ。』 これに、勝るものはない。 しかし、誰にも、平等に時間は流れていて、人の倍の経験を積みたいと思ったら、人の倍の時間を必要とする。 ならば、経験する中身を濃い物にしていくしかない。 (スライムだけの経験ではなく、より強い敵から、経験値を得る。) 中身の濃い経験にするには、 『人の話(経験)』 をよく聞くこと。 『人の話(経験)』 を自分の経験とするこもできるし、近道を教えてくれることもある。 また、流れを読むことも必要だ。 川の下流から、上流に泳ぐには、相当の体力が必要だが、上流から下流へは、比較的泳ぎやすい。 ただし、全体を把握していなければ、泳いだ先に、大きな滝があるかも知れないし、近くに船があるかも知れない。 流れを読むには、先ずは細かいことなど、気にせずに、周りを見渡す。 その中で、気になる...