スキップしてメイン コンテンツに移動

能力(才能)は、誰にでもある。

僕は、基本的にはみんな能力の差に大差はないと考えている。

スポーツ選手や学者に誰でもなれる可能性を持っていたはずだと思う。
ただ、誰よりもスポーツが好きで、人一倍練習し、様々な経験をしたからこそ、プロの選手として活躍したり、誰よりも勉強が好きで、人一倍の勉強をしたからこそ、有名な大学に入り、学者になったんだと思う。

もちろん、一部のプロの選手の中でも際立った結果を残している人達は、才能にも恵まれたんだと思うけど。

だから、誰もがスポーツ選手や学者になるチャンスはあったんだと思う。今からでも、遅くない人は沢山いるはずだ。
(これは、スポーツ選手や学者として、活躍されている方を馬鹿にしているのではなく、もっと自分を信じて欲しい思いで書いている。)

大人になってしまうと、自分の能力や才能がないと信じて、諦めてしまう人が多くなる。
でも、それは、能力や才能のせいにして、努力することを諦めているだけだと思う。

仕事でも、能力の差を感じる人は多くいると思う。けれど、それは逃げているだけで、本当は誰にでも何でもできるはず。
誰よりも、その仕事を好きになり、失敗も成功も含め、多くの経験をすることで、きっと出来ると思う。

人より、苦手なことがあれば、人一倍その仕事をこなし、多くの経験を積み重ねるべきだと思う。

自分には、能力がない。才能がない。と言う人は、周りから見れば、仕事の数を誰よりもこなしていない。
成功だけでは、その仕事の本筋は見えないはず。失敗したからこそ見えてくるものがある。だから、失敗を恐れずに、チャレンジして行こうと、僕は、いつも考えている。

環境も能力や才能を形成するうえでは、大きく関係してくる(レベルが高い環境であれば必然と自分のレベルも上がってくる)が、今は、ネットで、様々な情報を入手できる。

自分が今置かれている環境が悪くても、自分の能力は伸ばせるはずだと思う。

僕も、今こうしてパソコンをいじっているけど、つい最近までは、メールの設定など全部人にお願いし、ただ打ち込むだけしかできなかったが、今は興味も湧いて、他のブログも参考にしながら、もっと、みんなに関心を持ってもらえるブログにしたいと考えている。

リニューアルする日も近いかもしれない。

たぶん・・


コメント

このブログの人気の投稿

怒られ続けると、どうなる?

僕の同僚の中に、毎日毎日、怒られている人がいる。 「本当によく、怒られるなぁ」と、ある意味、感心してしまう。 なぜ、彼は、毎日怒られ、それを直すことができないんだろうか。 以前、 怒られたくない! でも、触れたように、仕事が全て、後手後手になってしまっている。 どうしたら、怒られないかを考えた末、指示されるのを待つだけになってしまったり、やりかけの仕事を投げ出してでも、上司の指示に従い、結果、投げ出した仕事の件で、又、怒られる悪循環に陥ってしまう。 人には、 想像したことを実現する力 を持っている。 そんな 力 が、 『怒られたくない』 と思いが強くなりすぎて、逆に、 『怒られる状況』 を生み出してしまっている。 (怒られている姿を想像してしまっている。) なら、その悪循環を断ち切るには、どうしたらいいのだろうか? 僕なら、開き直る。失敗や不手際で怒られるのは、しょうがない。 それは、それ。次は、次。その失敗や不手際を超える成果を残せばいいだけだと、僕は考えている。 ただ、僕は、人よりもメンタルが強い方だから、できることかもしれない。 しかし、メンタルが強くないと、怒られ続けることで、臆病になってしまい、全てが悪い方に考えてしまい、そこからプラス思考に変えることは困難になってしまう。 本当は、上司が、さじ加減で、『怒る』『褒める』を使って、部下を巧みに扱うべきだと思うけれど、それは他力本願でしかないし、僕の同僚もそうだが、上司が怒りやすい人材であったり、性根が合わないのかもしれない。 そこで、諦めたら(逃げ出したら)、一生、諦める(逃げる)しか、なくなってしまう。 自分の道は、自分でつくるべきだ。 では、どうすれば、その悪循環から、脱出できるのだろうか? 僕は、まず 『褒めらる』 ことを目標とするべきだと思う。 『怒られる』 のが、怖いと思う人は、 『褒められる』 ことを好む傾向にあると思う。 上司を研究し、 『何をしたら、喜ぶのか』 を考え、上司好みの部下を演じるしかない。 すぐに 『怒る』 上司は、案外単純で、自分が気に入れば喜ぶ。 最初はこそ、上司にもこれまでの状況(怒り続けた)もあり、素直に誉めたりしないと思う。 しかし、上司の気に入る状況が続けば、自然と 『褒める』 環境ができてくる。

僕がやっている簡単な自己啓発 Part 5【頭と気持ちを整理整頓】

僕は、整理整頓を常に意識するようにしている。 それは身の回りや机だけではなく、頭(意識)や気持ちも整理整頓している。 僕の考える整理整頓は、 常に出し入れが容易にできる 他人も出し入れ可能 の、この2点。 身の回りや机の整理整頓は、そのままで 必要な時、すぐに取り出せることができるか。どうか。 自分で取り出せない時、簡単な指示で、他人が取り出すことができるか。どうか。 これが基準だ。 別に『資料がキレイに並んでいる。』とかではなくても、いいと思っている。 すぐに取り出しができる。 もしくは、 他人が簡単に探すことができれば良いだけ だ。 (非公開すべきことは、本当に他人が閲覧不可か。) 仕事は、自分一人だけでするものではないので、同僚などの力を借りることが多々あるし、多々あるべきだと思う。 そんな時に、自分しか知らない(秘密事項は別として)では、仕事にならない。 時々、勘違いして、『だから自分が必要なんだ』と、優越感に浸る人もいるけれど、それは大きな間違いだ。 本当に優秀な人は、優秀な人に囲まれる環境を作り出すことができる人だと思う。(人材育成も含めて) だからこそ、誰でも容易に取り出せることが重要だと思っている。 身の回りや机の整理整頓は、難しいことじゃない。 僕は、優先順位(よく使用するもの、めったに使用しないものなど)を決め、分野ごとに分別している。 それだけでも、欲しい物を確実に素早く取り出すことができる。 そして、頭(意識)や気持ちの整理整頓の場合は 必要な時、すぐに その知識 を取り出せることができるか。どうか。 状況に合わせ、 意識を変化 させる このことを意識している。 自分の知識を正確に取り出すのに、全て暗記をする必要はない。学校のテストではないのだから。仕事で必要なのは、 『正確に、素早く』 であり、 『資料を見ては、いけない』 と言うことはない。 だから、僕は、先ずキーワードとその保管先(机の上など)を覚えるようにしている。 それだけなら、難しくないし、先ほどの身の回りや机の整理整頓ができていれば、簡単に頭の中のキーワードと実際の保管先をリンクすることができる。 そのうえ、知識の場合、取り出すことが多くなるほど、勝手に頭の中に情報が蓄

どうせミスするなら、攻めてミスしよう。

僕は、小中高とサッカーをしてきた。サッカーは好きなスポーツの一つなんだけど、サッカーを見ていると、いつも思うことがある。 フォワードは、ミスが許されるけれど、ディフェンスは、ミスが絶対に許されない。 フォワードと、ディフェンスの緊張感は雲泥の差じゃないかと思う。 と言う僕は、フォワードだったんだけれど、緊張感もなく、サッカーをしていた訳じゃない。 (フォワードを馬鹿にしている訳ではない。フォワードもミスが絶対に許されない場面も多々ある。) ここで、言いたいのは、仕事に通じる攻めるミスと守るミスの差をわかりやすく説明したいと思い、敢えてサッカーに例えてみた。 フォワードは、シュートミスを繰り返しながら、ゴールを目指し、一度の成功(ゴール)で、勝利に導き、ヒーローになることができる。 しかし、ディフェンスは、決してミスが許されない。たった一度のミスが負けにつながってしまうからだ。 この差は、攻める(開拓)する勇気と守る(維持)する差だと思う。 新しく開拓していく(攻める)には、勇気が必要だ。 時には、失敗するとわかっていても開拓(攻める)なければいけない。 決して、失敗を恐れて開拓(攻める)ことは、できない。 それと、反対にこれまでの状況を維持する(守る)ことは、容易なことではない。 些細な変化にも気を配り、その変化に随時対応しなければいけない。 (会社の売上を維持するのにも、競合他社の価格の変動や、新規参入などに対応出来なければ淘汰されて(負け)しまう。 決して、ミスが許されない。 仕事も同様に、新しい商品開発や業務改善に勇気を持って、どんどんチャレンジするべきだと思う。 そこで犯すミスは、ミスではない。 チャレンジした勇気の証だ。 だからこそ、仕事上の攻めるミスは、どんどんするべきだと思う。 ミスを恐れて攻めることを諦めては、決して勝利することはできない。 サッカーのフォワードと同じように、数多くのミスを繰り返したとしても、たった一度の成功がチーム(会社)を勝利に導くことができるはずだから。 しかし、ディフェンスが、しっかりと守って(維持)してくれるから、攻めること(開拓)できることを忘れてはいけない。 ディフェンスに不安要素があれば、フォワードもディフェンスにまわらなければ、負けるのは、火を見