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サンタクロースは本当にいる?

そろそろ、子供から、クリスマスプレゼントの催促が始まる季節になってきた。 僕の子供は、まだ小さいので、今もサンタクロースを信じている。 僕も、調子に乗って、スマホに家の電話を 『サンタクロース』 で、登録し、クリスマスイブの日に、子供がケーキなどに集中している時に、家の電話から、ワンコール鳴らす。 そうすると、すぐに子供たちは、騒ぎ出し、僕のスマホの着信が 『サンタクロース』 に、なっているのを確認したら、自分たちの部屋に駆け上がっていく。 もちろん、事前にプレゼントは、ベッドの中に、隠してある。 子供たちが、大喜びで、プレゼントを抱え、階段を降りてくるのを見ると、 『もっと、頑張って、もっと喜ぶ顔が見たいと欲がでてくる。』 しかし、時々失敗もする。 子供たちがサンタクロース宛に書いた手紙とクッキーを取り忘れてしまって、「サンタさんが忘れて行った」と、子供たちにショックを与えてしまったこともある。(あわてんぼうのサンタクロースで、何とか誤魔化したけれど) また、昨年は、下の子のプレゼントが人気があるのに気付かず、購入することができなかった。 子供にとって、絶対に欲しい物をプレゼントしてくれるはずのサンタクロースが、手に入れられない訳がないと、昨年も大騒ぎだった。 毎年、何とか誤魔化しながら、我が家のクリスマスを過ごしているけれど、一度だけ、上の子が「友達がサンタさんは、いないよ。って言ってた。」と、言われ、純粋に信じている下の子もいる手前 僕「目を閉じてごらん。サンタさんは、どんな顔をしている?」 子供「赤い帽子と白いおひげのおじいちゃん。」 僕「ちゃんと、サンタさんはいるでしょ。恥ずかしがり屋だから、すぐにいなくなちゃうだよ。」 と、苦し紛れの思い付きで、これまた誤魔化してばかり。 その後は、納得したのか、気付いたのかは、わからないけれど、聞いてこなくなってきた。 先日、それとなく、クリスマスの話をしたら、今も信じているので、上手くは誤魔化せたのかも知れない。 そろそろ、父親として、サンタクロースとしての二つのプレゼントは、卒業してもいいかなと思うけれど、もう暫くは、サンタクロースの代理として、何とかやっていきたい。 ところで、今回のブログで、僕が無理矢理に仕事に関連付けたかったのは『想像力』だ。 「

忘年会も仕事の一部。

忘年会シーズンが近づいてきた。仕事として、お酒を飲む機会を楽しみにしている人、苦痛としている人など、人それぞれ、だと思う。 僕は、間違いなく前者だ。同僚と飲むことも楽しみだが、それよりも、お酒を飲むことが楽しみだ。 でも、アル中ではない。一人で、しんみりとした、お酒は、僕には飲めない。 晩酌も妻や子供たちがいるからこそ、楽しく、お酒を飲むことができる。 僕は、基本的に楽しいお酒が好きだ。 しかし、気の置ける友人との飲み会なら楽しみだけれど、会社で、仕方なく参加する飲み会は、嫌いと言う人も多い。 嫌いな人は、就業時間を過ぎてまで、上司や同僚に、 『気を使いたくない』 と、言うのが本音だと思う。 でも、僕には、その機会を上手く使わないのは、勿体ないと思う。 世間がよく言う、 『お酒が入って、その人の本音や素顔を見ることができる。』 からでは、ない。 もちろん、会社のお金で、タダ酒が飲めるからでもない。 本音や素顔を見れるに、かなり近いけれど、その人の限界を知ることができるからだ。 僕のキャラ的に通用するのかも知れない(僕が通用すると思っているだけかも)が、お酒に酔ったふりをして、その人の普段見ることができない、深い所を探っていく。 そうすると、どこまで入り込んでいいのか、ダメなのか、その人の限界が見えてくる。 深入りしすぎると、それを嫌うのは、当たり前で、誰でも他人が入り込むことを拒む限界がある。 その限界ぎりぎりまで、入り込むことによって、これまで以上の関係が築くことができる。 人は、心の開く位置を 『この人はそこまで、この人にはここまで』 と、その人によって、境界線を引いている。 しかし、お酒の力を借りたにしても、今まで引かれていた境界線を越え、更に近づくことで、今まで以上に心を開いてくれる。 一度、入り込むと、その後の普段の仕事でも、今までより、一歩も二歩も親密な人間関係になり、円満に仕事を進めることができる。 だからこそ、僕は、こんな機会を得る、忘年会シーズンは、楽しみでしょうがない。 もちろん、やり方を間違えると、ニュースにもなった、相撲界のように、険悪になってしまう。 僕は、今回の相撲界の問題となった場にいないので、詳細はわからないが、相手(今回は、日馬富士)の限界を探る行為に、相手に対する尊

自分を変える苦労と変えない苦労。

普段何気なく、行っている自分の行動や考え方を変えるには、並大抵のことではない。 余程の決意と常に変えようと意識しないと、これまでの自分を変えることができない。 しかし、正反対の自分を変えないことも簡単なことではない。 ついつい、周りに影響され、日々変化している。 これを逆手にとってしまえば、変えなきゃいけない所を簡単に変えることができ、変えてはいけない所を変えずに維持することができるはず。 それなのに、なぜ、そうすることが、できないのだろうか。 それは、自分自身への甘えが大きく、ついつい、 『楽』 を求めてしまう。 大体、変えなきゃいけない所は、自分自身への甘えからくる、楽(肉体的、精神的)なことが多いし、変えてはいけないのに変わっていくのも、周りが楽をしていることに憧れ、気付くと自分も真似をしてしまい、結果的に変わってしまっている。 人類は、 『楽』 を求めて、ここまで発展してきた。 例えば、歩くのが大変だから、自転車や車、それよりも、『もっと遠くへ、早く』と新幹線や飛行機が生まれた。 『楽』 を追求することは、更なる発展へと繋がるキーワードだ。 それなら 『楽』 を求めるのは、いいことなのに、自分への変化となると 『楽』 を求めていけないのは何故だろう。 それは、 『楽』 の位置だと思う。 目先の 『楽』 を求めてしまうと、だらけてしまい、どんどん落ちて行ってしまう。 しかし、一つ先、二つ先の 『楽』 を求めることで、どんどん上がっていくことができる。 自分を変えることも、変えないことも同様だ。 目先だけ、見てしまうと悪い変化でしかないけれど、一つ先、二つ先を見ることで、良い変化に変えることができる。 その為にも、良い変化や良い維持をする為には、 『夢や目標』 をしっかりと持つことと、そして、自分自身を一つ上や二つ上のレベルの環境に身を置いてみる。 (背伸びのし過ぎは、自分を苦しめるだけだけど。) しかし、簡単に今の仕事を変えたりは、できない人が大半だと思う。 そんな時には、『憧れる人』を探し(作り)、その人へ、「近づきたい」、「ああ、なりたい」と、意識し、影響を大いに受けるべきだ。 その際は、憧れる人の全てを見るようにしないといけない。上部だけ見ても、憧れの人に近づくことはできない。 そ

今の自分の位置を知るには。

自分の位置を把握しながら、仕事をしている人は、どれくらいいるのだろう。 位置と言っても、「上から何番目だ。」「下から何番目だ。」の、位置ではなく、以前のブログ『 「夢」や「目標」を持とう。 』で、書いたように、 『夢や目標 (通過点、もしくはゴール) 』 までの道のりを歩んでいる、自分自身の現在地だ。 自分の位置を知らなければ、ゴールだけ見えていても、現在地がわからなければ、今、歩んでいる道が遠回りだったり、行き止まりだったりするのに気付くことができない。 実際は、遠回りでも、『この道は、 近道なはず だ。』と、思ってしまう。 大体の人は、自分に厳しいようで、甘いから、ついつい、自分に都合よく、考えてしまう。 だからこそ、自分の位置を知ることは、とっても重要だ。 しかし、ゴールは、同じでも、歩む道は、人それぞれ違う。周りの誰かと比べたり、参考にしても自分の位置を正確に知ることはできない。 それなら、どうすれば良いのか。 それは、自分が歩んできた道を振り返るしかない。 何度も、何度も振り返り、確認するだけだ。そな際、極力、自分が歩んだ来た道ではなく、他人が歩いていると想像した上で、客観的(他人にアドバイスをするようなイメージだと、やりやすいかも)に。 どうしても、厳しくしていると思っていても、自分には、甘くなってしまいがちだが、他人にアドバイス(なるべく上から目線)するようにすると、自然と厳しくなってくる。 だからこそ、ゴールまでの道のりで、今の自分が充分に満たしている所、足りないところ、間違えている所が、正確に見えてくる。 そうすることで、自分の正確な位置を把握することができる。 自分の正確な位置がわかれば、これから、どの道をどう進めばいいのかわかってくる。 これで、ゴールまで、最短距離で進むことができるはず。 コツは、どれだけ客観的に自分を見ることができるかだ。 その為にも、上から目線で自分を見るくらいが調度いい。

出世するために何をする?

僕は、肩書に興味はない。これは、自分も出し、相手に対しても同様だ。 もちろん、礼儀をわきまえた上で、役職がついていようが、ついていまいが関係ない。 その人の行動、仕事っぷりを見た上で、人間性を判断している。 役職がついていなくても、尊敬すべき人は沢山いるし、役職がついていても、何も得るものがない人もいる。 そんな、僕が以前の会社で、それなりの地位についたのには、理由がある。 それは、自分が興味のある、仕事をしたいと思ったからだ。 会社組織の中で、自由(もちろん、何でもかんでもではない。)に仕事を進めたり、新しい取り組みを行おうにも、一般社員には、中々チャンスが巡ってこない。 しかし、それなりの地位を得ると、自分の口から発する言葉に 『力』 がついてくる。 『力』 のある言葉は、会社内でも影響力が強く、会社組織、そのものにも大きな影響を与えることができる。 実際に、今まで誰もが疑問に思いつつも、従っていたことを変えたりすることができた。 そのために、僕が行ってきたことは、上司にゴマを擦ったりではない。 実際は、出世を決めるのは、上司だから、早期出世を望むなら、ゴマを擦っていくのも一つの出世術だと思う。 ただし、その上司が出世街道から、外れてしまったら、道連れになってしまう可能性もあるけれど、その兆候が見えた時点で、上司を上手く乗り換えていけば、問題ない。 ただ、僕は役職などに興味がなかったので(自分の興味ある仕事ができれば良かっただけなので)、とことん、結果を残すことにこだわった。 もちろん、これまでの会社史上、最高の結果を残せる実力があれば、それだけで自然と出世したかもしれない。 しかし、僕には、そこまでの実力はなかった。 だから、結果を残しながら、自分なりに行っていることをアピールしていった。 これまで、会社内で常識だったことを少しづつ、自分なりにアレンジし、効率が良く、結果を残せることを上司に見せることで、階段を登り始めることに成功した。 その中で、一人、二人と部下を持ち、不平不満や前向きな話を何でも聞き、上司に意見をぶつけていった。 その際、マイナスな話は、自分の意見として、プラスの話は、その話を切り出した部下の話として、ぶつけた。 最初は、前向きな話も中々出てこなかったものの、会社に自分の意見が取り

周りを上手く使うには。

『周りを上手く使う』 と、聞くと計算高く、嫌な奴の印象があるけれど、僕はよく周りを使っている。(実際には、助けてもらっている。) どうしたら、好意的に手伝って貰うことができるだろう。 僕が実践しているのは、先ず 『周りの手伝いを惜しまない』 ことだ。 そして、見返りを求めない。 決して、「あの時、手伝ったから、これをして。」なども言わない。 周りの手伝いをすることで、自分一人で行っている時には気付かなかった、要領やコツ、全体的な流れが見えてくる。 自分が劣っている、勝っているなど、関係なく、違いを見ることで、思いがけないアイディアが生まれたり、自分の不得意だった所を改善できたりする。 『周りの手伝いをした見返り』 として、 『自分が成長』 することができる。 悪いことではない。 そして、手伝った際、もし自分が勝っていると思った点では、惜しみなくコツや流れを伝えよう。 決して、説教や教えてる立場では無く、「この方が楽じゃない。」「こっちの方が早く出来るよ。」のように。 そうしている内に、自分と仕事をするのは楽しいし、捗る、成果が出ると思って貰えたらこっちのものだ。 自分が助けを欲しいと思っている時に、近寄ってきて、手伝ってくれるはず。 もう一つ、僕が行っているのは、 『極力、譲る』 ことだ。 自分を犠牲にしても、基本的には、助け(手伝い)を求めている人には、手を差し伸べる。 『10あれば、9譲る。』 しかし、自分が譲れない 『1』 は、絶対に譲らない。 そうすることで、周りの人たちは、僕が、 『何に、こだわっている』 のか、理解してくれる。 自分を知って貰うことで、僕が譲れない場面に直面した際、助けを求めているのを知ると、応援してくれる。そして、手を貸してくれる。 僕は、こうして 周りの人達を上手く使っている。 でも、そのための労力は、使っているつもりだ。 『10の内、9は周りのために使っている。』 しかし、そのおかげで、 本当に手を貸して欲しい時や、譲れない場面で、周りの協力で乗り切る ことができてきた。 これからも、同様だと思う。 だから、僕は、周りを使うのが上手いと自負している。 ぜひ、参考にして欲しい。

時間を追う人、時間に追われる人。

仕事、プライベートを問わず 『時間に追われる』 のではく 『時間を追う』 癖をつけよう。 ただ、 『時間を追う』 という言葉を耳にする機会は中々ない。 なぜだろう? 単純に、 『時間に追われる』 は、やるべきことに対して、時間(期日)が迫り、焦ったりすることだと思う。 それなら、 『時間を追う』 は、時間(期日)に対して、やるべきことを終え、余裕ができることだと思う。 そう考えると、 『時間に追われる』 より 『時間を追う』 ほうが絶対にいいに決まっている。 焦って仕事をしても、終わらせることが中心になってしまい、見直すことや時間内でできる必要最低限の準備で終わってしまい、ミスや悪い結果が待っている。仮に上手くいったにしても、そのプレッシャーなどで疲れてしまい、純粋に良かったと思えずに「やっと、終わった(解放された)」の気持ちが強く、すぐ次の仕事に取り掛からずに一休みいれたくなってしまう。 しかし、余裕を持って仕事ができると、見直したり、他に準備しておいた方が良いものがないか探すこともできる。 結果、成功にも近づくし、充実感を得ることで、次へ次へ、仕事を追いかけて行ける。 仕事を追いかけて行ければ、更に時間的余裕を持って、仕事ができ、自分にとって、良い環境で仕事をすることができる。 なぜ、 『時間を追う』 ことが、できず 『時間に追われて』 しまうのか? 違いは何だろう。 『スケジュール管理』 や 『いつ・どのタイミングでどの仕事をするべきか』 の判断を間違えてしまってるなど、考えられることは多々ある。 それを克服するには、経験や知識など、様々な要素が必要とされる。 しかし、もっと根本的なことを変えるだけで、簡単に 『時間を追う』 ことができる。 それは、 『自分を信じ、自分ならできる(簡単だと)思うことだ。』 自分を信じることで、不安が和らぎ、自信を持った仕事ができる。 自分ならできる(簡単だ)と思うことで、成功すれば自信につながるし、例え、失敗に終わっても、 『いい経験をした次は大丈夫』 と思うことができる。 結果、前を向いて仕事と正面から向き合うことで、ミスや不安を心配する無駄な時間が減り、効率よく、仕事ができてくる。 それが 『時間を追う』 ことだと思う。 どうしても、不安があると、それを